やりたければやる、やりたくなければやらない。それでいい。
堀口 直人
人をファッションとメンタルの両面からプロデュースする、「パーソナルプロデューサー」として活動されている堀口直人さんにインタビューしました。それまでずっと順調だった生活が一転した時の心の持ちよう、そしてそれをどう昇華させたのかについて伺いました。激動の道を歩まれて手にされた哲学は、「変わらないことなんてないし、変わった方が楽しい」
高校生活
Q.高校生の頃は、どんな高校生だったんですか?
天才!というのは冗談で、何も考えてなかったです。(笑)「悩み」、「楽しみ」、「幸せ」、そういうのはなかった。ただただ学校に行って、サッカーをして、寝て、ご飯食べて、という生活でした。
Q.では、学校で嫌なことや悩んでいたことは、なかったんですか?
ない!人間関係が嫌というようなこともなかったです。嫌なことは嫌と言って、好きなことは好き勝手にやっていました。でも通っていた高校は100%の大学付属校で、エスカレーター式だったので、大学には絶対行ける!という安心感はありましたね。
Q.進路に悩んだりは、しませんでしたか?
ないですね!まあ理系と文系で別れる時に、本を読んだことがなかったので、とりあえず理系かなという感じでした。物理も数学も0点だったけど(笑)ちなみに、化学は10点くらい(笑) それでも先生と仲が良かったので、落第や留年はしませんでした。
Q.当時は、「こういう風に生きたい」というビジョンはあったんですか?
なんにもないですね(笑)でも「未来が楽しい」ということは知っていました。自分が小さい頃11個上の兄が大学生で、楽しそうにしていたので。
大学生活
Q.大学の学部はどう決めたんですか?
理工学部の中でも、物理、建築、経営システムといった感じで学科が分かれていて選択できました。自分は一番偏差値が低いところしか入れなかったので、経営システムに行きました。進むところはなんでもいい、どうでもいいと思っていました。
Q.「何も考えていない」とはいえ、大学は行こうとは思ってたんですか?
そうですね。今とは違って、大学に行って、会社に入ればおしまい!みたいな考えが当時はあったので。
Q.実際に大学に入ってみて、イメージと違うところはありましたか?
というか、そもそもイメージしてなかったです。くるものをただただ味わうという感じでした。勉強は「超わかんねえ」→「授業にでない!」みたいな(笑)
Q.大学に入ってから、悩まれたことはありましたか?
なにもなかったです(笑)大学では基本、高校からの同じメンバーとずっとつるんでました。自分たちが一番偉くて一番イケてると思っていました。幸せを意識することすらないレベルで、幸せだったんだと思います。
Q.進路については、どういう風に考えていましたか?
進路は3年の秋になって考え始めました。理工学部は大学院に行く人が多いので、就活に関する情報が全然流れてきませんでした。でも研究室に大学院の先輩がいたので、その人たちと一緒に就活ができたのはよかったですね。
Q.先輩たちと一緒に就活するメリットは?
今まで自分のことを何も考えたことがなかったので、自分の「強み・弱み」もわからないんです。そこに対して「お前はこうだよ」って言ってくれる人がいたっていうのは、すごく大きかったですね。
Q.実際、就職活動はどうだったんですか?
よくわからないので、とりあえず聞いたことのある企業を受けようと思い、100社くらい受けました。理工のことは何一つできないので、とりあえず文系のやつらがみんな受ける、広告代理店、不動産、MR、商社…を上位10社は受ける!みたいな感じでした。
Q.就活では、あまり業種を絞らないでいろいろなところをみたほうがいいと思いますか?
やりたいことが明確にあるんだったらいいけど、知らないんだったら見るしかないですね。広げてみないとわからないので。なんとなくその時の直感で、こういうのがおもしろそうだなあと思うんだったら、それを見ればいいと思います。見てもいないのに判断するのは基本的になし。もったいない。
Q.ご自身はその中でも行きたいと思ったところはあったんですか?
結局、就職先として決めたホテル、ブライダル関連の”Plan・Do・See”しかなかったですね。でも就活をやる中で、「誰と働きたいか」というのは、自分にとって明確な基準になっていたかもしれないです。「この人と働きたいな」と思うような人は、進んだところ以外には1人もいなかったんですよね。
Q.1人も、ですか。
はい。いろんな人に会ったんですけどね。でもその会社は会う人全員「この人と働きたいな」という人でした。みんなイキイキしてて、キラキラしてて、自分の言葉でこの会社を使って、自分が何を成し遂げたいかをめっちゃ楽しそうに語ってました。
就職・転職
Q.当時はどんなことを考えられていましたか?
何も思ってないですね。朝7時に出社して、翌日の朝4時に帰る生活がひたすら週6くらい続くので。多分残業時間200時間、300時間とかそれくらいだと思います。でもブラックだとは感じなかったです。その会社に入りたくて入ったので、それが当たり前でした。だからそこに対して何か文句を言うのであれば、「やめれば?」って思っていました。
Q.なるほど。
その後1年ぐらいやって、「こんな感じでホテルとか街とかも絡んで、大勢の人を束ねられたら面白いな」ってイメージがついた時に、辞めました。
Q.1年で辞めちゃったんですか?
そうですね。「ちゃりんこ事件」とでも言おうかな。中古で買って乗っていた自転車が、実は盗難車で、警察沙汰になって辞めなきゃいけなくなったんですよね。辞める気なんて全くなかったのに。
Q.それはやるせないですね…。
でも、そこで設定したんですよね。「人生いきなり何かがある」って。そしたら、本当に予期せぬことが起こりまくる人生になったんです。母ちゃんの自殺もあったんですけど、多分それと合わせてそうなったんですよね。そうやっていきなり、自分の力じゃどうしようもない、わけのわからない悲しいことが起きるんですね。
Q.その後は、どうされたんですか?
4月に東京に戻ってきて、そこから次の会社に就いたのが9月の頭。だからだいたい5ヶ月くらいは、日雇いのバイトでした。また同じ業界に戻るのであれば、同じ会社にしか行きたくなかったので「業界を変えなくちゃいけないな」と考えていました。でも、最初は何をやったらいいのかよくわからなかったです。
Q.結局どんな業界に進まれたんですか?
全く違う業界のところに行きました。「社員教育」の会社に興味があったんですね。マネージャーによって売り上げや雰囲気が全部変わるので、その変化にすごく興味がありました。
Q.それで、その会社に入られたんですか?
いえ、そこもいいなと思ったのですが、10人くらいの小さな会社にも興味を持ったんです。雑居ビルにある本当に小さな会社だったのですが、直感でその会社の方を選びました。
Q.入ってみて、どうでしたか?
楽しかったですね。人に恵まれてるんですよね。2個上の先輩が面倒見るって言ってくれて、その人にいっぱい教わったんですよね。22時に仕事が終わって、24時まで毎日飲みにいくみたいな感じでずっと一緒にいました。その会社は2年間続けて、その後は基本給ゼロ、フルコミッションの保険会社から声がかかったので、そこに転職しました。
Q.声がかかる前にそのコンサル会社を辞めようと思っていたんですか?
不満はすごくありましたね。営業でズバ抜けた成績を出しても、それの5分の1ぐらいしか成果をあげてない先輩より給料が低いこともあって。それはやっぱり納得いかなかったです。別にお金が欲しいわけではないのですが、成果報酬にすると組織に歪みが出てきちゃうので、そのいいバランスみたいのをずっと考えていました。
Q.自分が頑張った分だけ評価されるべき、ということですね。
そんなときに「やったらやった分だけ入る」という完全歩合制の保険会社から声をかけられて、魅力的に見えました。最終的には元の会社の評価制度もちゃんと変えて、辞めたんですけどね。なので、その会社での収入もそれこそ倍くらいになりそうだったんですが、でももう止められなかったですね。もうやりきったという感じでした。
Q.実際に保険会社に入って、基本給ゼロのフルコミッション形態はどうでしたか?
まあやばかったですね。すべての自由を奪われました。仕事のことしか考えられない状況っていう感じ。起きてから寝るまで、寝ても夢で仕事しているという感じ。人生で初めて、「このままいったら、とんでもないことになってしまうのでは」と恐怖を感じました。
Q.それは、働いてからどれくらいで感じたんですか?
初めの1ヶ月で思いました。できる!って思ってたら全然できなくて、ズドーンとコケて・・。今までは、なんでもできてきたから「できない」というのに初めて直面したんです。でも「このままじゃやばい!」って思った瞬間に、全てができるようになりました。
Q.その「やばい」という状況から、どうやって乗り越えたんですか?
やるって決めたからですかね。あとは無意識にどこかで、人と比較をしてましたね。大学がどことか、就職先がどことか、年収がいくらとか、そういう肩書きを意識してました。それで、人の3倍は稼ごうと目標を立てた結果、26歳で年収3000万を稼いでぶっ壊れましたね。
Q.ぶっ壊れたとは?どうなったんですか?
マネージャーにずっと「おまえは人間としてダメだ」って3年間言われ続けていたんです。朝6時から10時まで、1日4時間を3年間、ずーっと。「俺はイケてる」ってずっと思ってたのに「ダメだダメだダメだダメだ、おまえはダメなんだ」ってずーっと言われ続けて、どこかで自信が全部なくなり、人に会えなくなってしまいました。
Q.でも、年収3000万円もらっていたんですよね?
それでも自信はなかったんです。分からなくなってくるんですよね。お客様が増えて、お客様からのありがとうが全て3000万になるはずなのに、マネージャーからは何故か「ダメ」って言われる。だから、どっちがどうで、何なのかわからなくなって、どんどん分断されていっちゃうんですよね。
Q.ダメと言い続けてくるマネージャーでも信頼できたんですか?
もはや自分でジャッジできない状態だったんですよね。言ってはいけない環境だったので、自分の意見なんてない。やるか、死ぬかみたいな状況でした。そしてちょうど5年くらいで、自分からその会社を辞めました。でも、辞める1年半前くらいからは会社に行けず、ミーティングだけ行くみたいな感じでした。
Q.やめてからは解放されたんですか?
いや、解放されなかったですね。半年くらい何のやる気もしなかった。お金はいっぱいあったから、仕事しなくても生活できたんです。普通に飲んだり、友達と遊んだりはできました。お金が尽きて、ちょっとやばいと思い、バイトを始めたというのが復活の経緯かな。
カウンセラーから、今のお仕事へ
Q.次の仕事についてはどう考えられましたか?
カウンセラーがいいなと思いました。そのとき、震災のボランティアに行く機会がたまたまあったんですよ。そこで若い子たちが僕に人生相談してきてくれて、それに答えるうちに「こういうのいいな」って思ったんです。そこから、カウンセリングの学校を探して、検索して1番上に出てくる学校に行きました。
Q.その学校はどうでしたか?
1ヶ月後くらいに、勉強がつまらなくなりました。こんなの学んでも、使えないし意味ないじゃん!って感じでした。でも、そこでカウンセリングの先生と出会ったんです。その先生のホームページに「過去の経験は関係ない」「カウンセラーは資格がなくても働ける」って書いてあったので、もうこれしかないと思って、面接に行くことにしました。
Q.良い出会いがあったんですね。
それから先生のところで勉強をしたりをして、自分がそのままでいられるようになっていきました。そこで2年間先生のサポートをして、自分の給与体系とかも自分で決めて、年収が1000万くらいになりました。でも、できることをやっていても面白くなかったんです。できないことにチャレンジする方が楽しくて、ここは違うなと思いました。
Q.それからどういった行動に出たんですか?
自分のしたいことやできることを考えたときに、働きながら何かをやっている人の力になりたいと思ったんです。日々人は悩むし、勇気が出なかったりするけど、その部分で力になりたいと思いました。ファッションを隠れ蓑にして、外見を変えつつ内面を変えることができるようなカウンセリングができたら面白いと思ったんです。
Q.今、具体的にどのようなお仕事や、生活をされていらっしゃいますか?
個人のファッションとメンタルのコーディネートの仕事をしています。人のビフォー・アフターみたいな感じですね。あとは株とAirbnbもしています。他には、ダルマトークという「人がより良く生きるためには?」ということを説いたトークライブや講演会のスタッフとして活動しています。独立して、フリーランスという感じです。
Q.自分でやっていく道に進まれて、ライフスタイルなども変わりましたか?
変わったと思います。変わらないことなんてないし、変わった方が楽しい。変わらない方がおかしいって思っているところがあるかもしれないですね。諸行無常じゃないけど。だって、すでにこの瞬間が1秒後には全てが変わってるわけで、何かが変わらないって、すごく変なこと。安定っていうのもおかしい。安定なんてまずないので。
Q.今のお仕事に関して、感じていることを聞かせてください。
楽しいです。一生やるか?と聞かれるとちょっとわからないですが、人に対して効果的なことはしたいですね。いろんなことがあるのは当たり前で、みんながいろんな悩みを抱えて生きていることも当たり前で、でもそんなのどうでもいいからこれやったら楽しいよ!これから楽しく生きられるよ!みたいなものは追求したいですね。
今だから思うこと・これからのこと・伝えたいこと
Q.大学は行った方がいいと思いますか?
どっちでもいいと思います。行きたきゃ行けばいいし、行きたくなきゃ行かなくていい。そういうのは関係ないですね。大学に何かあるわけではないので。「〜に行けば」ということはないですね。大学に行ったから、海外に行ったからとか…そこにはなにもないんですよね。
Q.もっとこうしておけばよかったな?ということはありますか?
ない!でも、ホストかAV男優はやってみたかったかな。もしそういうことをやっていたら、そういう人には全然出会えないから、「この人の話聞きたい!」って思ってもらえると思って(笑)そこは後悔してますね。
Q.学生時代にやりたいことは決まっていたほうがいいと思いますか?
仕事という面でのやりたいことはあってもなくてもいいと思うけど、個人的にやりたいことはやっていた方がいいと思います。やりたいことがないんだったら、やりたいことを探そうとか、見つかったらいいなあとか、そういう風に思っていればいいんだと思います。やりたいことが見つからないことに焦る必要は無い。
Q.やりたいことがない学生たちは、どう進路選択をしていくべきだと思いますか?
全部見ることですね!もし働きたくなくてプー太郎をしていたいんだったら、していればいい。働くっていう選択肢があるんだとしたら、「働く」ということを全部見ないといけないですかね。
Q.学生時代と社会人、どちらが楽しいですか?
どっちかなあ。全部楽しいんですよね。振り返ったら、全部楽しいですよ。その時その時で辛いことはあるけど。2年くらい働いてない時はどん底だったとも思うけど、その時もきっとそれがしたかったんだと思います。楽しさの質が違うことはあるけど、でも全部楽しいですよ。
Q.そのときは、本当に辛いと思っていたけど、今となっては本当に良かったと思える決断や経験などはありますか?
全部ですね!保険会社に入って鬱になったことも全部含めていいかなって。それがなかったら、間違いなく今の自分はなくて、全然違ったものになっていたと思いますね。自分の過去に起きた出来事を否定しちゃうと、自分を全部否定することになってしまうので、そういうのはもったいないですよね。
Q.直人さんにとって仕事とは?
人生に潤いを与えるための…結構大きなエッスンスじゃないかな。あくまで、ひとつの。どうしてもそれを主軸に回ってきちゃうんですけどね。お金も入るし、それをどこに発展するかという話にもなるし。主軸の1個で、大きなもの。だから、ちゃんとやった方がいいですよね。
Q.今後のビジョンはありますか?
もっともっと、大きく価値を与えていきたいですね。未来へ向けて、価値を与える対象を広げていきたいです。その中で出会った人たちを大事にしていきたいですね。そのための手段は、なんでもいいです。
Q.これから進路を考えていこうとしている高校生や大学生になにか伝えたいことがあればお願いします。
「本当にやりたいことを、やって!」と思います。自分の心の声に従えば、「したい」か「したくないか」は一瞬でジャッジできるので。だから、したければやればいいし、したくなければやらなきゃいいし、言いたいなら言えばいいし、言いたくないなら言わなくていい。死なないので、どうせ。そんなに恐れなくていいと思います。