いきぺでぃあ

HONKIのサラリーマン代表とは?!②




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こんにちは!HONKIで活動するサラリーマンのおーたです!

自称?HONKIのサラリーマン代表の第2弾です。

前回は、HONKI Universityに関わるきっかけやサラリーマン代表誕生のきっかけ について書きました。

↓

遊び方を知らなかった/忘れてしまっていた自分が、今や遊ぶとなれば、子供にも負けないぐらいはしゃぐようになった(はずな)のですが、じゃあ、仕事の方ではどうなのか?ちゃんとやっているのだろうか?笑

「サラリーマン代表」の「サラリーマン」の部分について触れてみようと思います。

前半は自分の考えよりも、定義みたいなことが多くて読みづらいかもしれないのですが、大事なことなので改めて書いてみました。

1:サラリーマンって何?

改めて、サラリーマンってなんだろうと考えるため、Wikipediaを見てみると、「企業や組織に雇用されて固定給(給与)を受け取りながら働く給与所得者」ということでした。

 「Salary(給料)」と「man(人)」を組み合わせた日本独自の和製英語みたいですね。英語で調べるとoffice workerなんですかね?

サラリー=給料

マン=人

つまりは給料をもらっている人ですよね。固定給の給与を毎月もらっていることがポイントなんですかね。ほとんどの人がサラリーマン?

人類史なんていう大きな物差しで見たら、物々交換から始まって(実際は信用(ツケ)だったという説もあるらしいですが)、貨幣制度が始まって、産業革命があって、人々はどこかに所属して、労働の対価としてお金をもらうのが普通になったんですよね。(だいぶざっくり)

言ってみれば、ただ、それだけのこと。

うちの子供がパパの足を踏んでマッサージしたから御礼に100円をもらいました。それを毎日やって固定給をもらっていたら、なんと、8歳にして家族会社のサラリーマン?!なんて、あくまで、例えです。笑

原理原則は、そういうことですよね。別にむずかいいことではない。

でも、自分が大学生の時もそうだったし、今の学生の皆さん、もっと言えば会社で採用面接をしている時に話す若手の皆さん、いや、若手に限った話ではないですかね。

サラリーマンになった途端、自分の人生じゃない別の人生にならざるを得ない大きな力を感じる人も多いのでは・・?かくいう自分もそうでした。それって、なんなんでしょうね・・?

2:社会人って何?

そう考えていくと、サラリーマンというよりも、成人式ぐらいから聞こえてくるあのフレーズ「社会人として」の「社会人」っていうのがポイントな気もしてきます。

別に、サラリーマン=社会人でもないのですが、多くの割合の方がその構図の中で生活をしているのかなと思います。

調べてみると、決まった定義はありませんという情報も多いですが、

・社会でなんらかの役割を持って活動している人のこと ※参照:カオナビ

・実社会で何らかの職業に就き、活動している人(学校や親などの保護下になく自立して社会生活をする人) ※参照:Indeed

・社会の中で働く人を表わす抽象的な語。多くの場合、学生や未就学児は除外される ※参照:Wikipedia

などなど、確かになぁという感じです。

AI概要では、「 家庭や学校の保護を離れて自立し、経済活動や社会的な役割を担っている人のこと」という表現もありました。

書いてあることは確かにと思う点ばかりで、いずれにしても、ポイントは何かしらの「役割」を担っていて、「自立」しているということですかね。

こうやって考えてみると、自分も大学生になったぐらいから、「社会人として」という言葉を聞く機会が増えたように思いますが、実際には「社会人って何か?」を学ぶことも、誰かから定義を聞くこともなかったなと思います。

なんとなく、社会人という存在に自分がなっていく必要がある、でもそれが何者なのか?が分からない状態で就職をしていったように思います。

そして今更ですが、仕事について簡単にご紹介!

自分は地元の20名にも満たない中小企業に12年程、営業として務めています。化学系の研究者の方々がお客様で、実験に使う装置や消耗品を販売しています。

まぁ実際には、業績が上がるために何でもやります!笑

でも楽しいんです!RPGみたいな感じです。

生まれた病院、七五三をやった神社までも自転車で5分ほど。社会人の1社目は新宿で4年、横浜で2.5年勤めたのですが、大都会から一転してThe 地元。コロナ禍もチャリ通で何も変わらず(変わったのは道路の人通りの量だけ)。

まさか自分が地元就職するとは思ってもいませんでしたが、不思議なご縁です!

さて、そんな職場である時、会社の僕の後輩部下K君は、しっかりと背中を伸ばしながらパソコン作業をやっているように見えて、こっくりしていました・・。

彼は小学校1年生からアイスホッケーをやり全国でも上位になった経験を持ち、その時期は冬季五輪で深夜に試合をしていたので、どうしても見たかったのだろうとすぐに推察できました。

さぁ、それでは問題です!

彼はサラリーマンとして、社会人として、正しい事をしているのでしょうか?

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答えは、もちろん、No!

正しいわけない(笑)

でも、彼本人の人生においては、どうなのでしょうか?

そんなことするんじゃない!なんですかね?

こういう日常の些細な場面にも、考えさせられることはたくさんあります。

皆さんだったら、どう考えますか?

こっくりしているK君に、小さい声で名前を呼ぶと、目を開き、「あっ」という顔をして「すみません」と苦笑いしていました。そりゃそうだ。笑

 案の定、夜、試合を見ていたんですよね。

普通は、「仕事中寝ちゃダメでしょ」「何考えてんの?」「起きてられないなら、寝ろよ」とかですよね。

そんな自分自身も、以前だったら問答無用で、「ありえないだろ」みたいに、こわーいトーンで言っていただろうと思います。。苦笑

ところが、こんな日常の場面でもHONKIなサラリーマン代表になった自分の嬉しい変化があったのでした!

それは、その時に自然と、「観るなとは言わない。ただ、やりたいこと全部できるように力を付けろ!」

その言葉が自然と出てきた後、自分自身でも内心嬉しかったのを覚えています。

おー、俺も「本当の気持ち」を大事にできる人になってきたかなと思ったんですかね(笑)

それは正に、自分に言い聞かせていることでもあるのかもしれません。

彼は自分の好きな競技を見たかったんですよね。

だって、自分が小学校1年生から費やしてきた時間の競技の最高峰の人たちがプレーしてるんだから、寝る時間を惜しんでもそりゃあ見たいですよね。

結果で見れば、彼は、

「社会人として、なってなーい!」

レベルであることは事実です。

自立という観点で見たら、自己管理が出来る必要がある。

そのための実力を付ける必要がある。

だから、K君にはまだ実力が足りない。

ただ、それだけだと思うんです。

既に伝説になっている大谷翔平選手からは、たくさんの刺激を頂きますが、社会人としてという観点でも学ぶことができます。

二刀流を実現できるよう、心身共に鍛錬を重ね続けている。今や誰もが認めていますが、プロになる当時は「そんなの出来るわけがない」という周りの圧力は半端じゃなかったはず。

それは社会人としてと言う観点で言えば、「パフォーマンスが落ちるからやめた方が良い」という心配もあったでしょうし、「体を壊してチームに迷惑をかけるからやめた方が良い」という批判的なこともあったかもしれない。

しかし、それは彼にとっては自分を捨てるのと同じだったのだろうと思います。

周囲の外圧に負けずに、自分のやりたいことを貫き、非凡なる努力をし、結果を出し、今や野球界の伝説になっているわけです。そしてそこには、当時の栗山監督を始めとした周囲の支援もあり、今がある。

社会人としてという観点で言えば、いきなり出来るわけないんだから、若いうちにたくさん挑戦して、失敗して、迷惑をかけて自分の小ささを知って、悔しさを動機に自分を磨く/強くする。

そして実力がついてきたら、社会に恩返しができる/役割を果たすことができるようになる、真の社会人として大成する、そんな社会の流れが出来ると良いんじゃないかなと思うんです。

社会で人を育むという観点と言えるのでしょうか。

結果、「社会人として」責任が高い人が増えることは、個々人にとっても、社会にとっても、そして次の世代にとっても、絶対に大切だと思うんです。

そして、その時に、「本当の気持ち」を有していない人って、本当に社会人なのでしょうか・・?

やりたいことや、ワクワクする気持ちを忘れて、お手本のようなサラリーマンとしての失敗のない人生を歩み、子供や周囲にも失敗しない人生の大切さを啓蒙していく。

それって実は、ただ資本主義というゲームの中に飲み込まれているだけで、本当は社会の中での役割のごく一部しか果たしていない人とも言えるんじゃ・・。

子供たちが社会人になった時に、自分の本当の気持ちを持っていない状態を望みますか?

そう問われたら、そうだと言う人はあまりいないですよね。

なんだか分かっていないのに、「社会人として」正しくあろうと、優等生であろうとする風潮があるなと思いますが、それは「べき」でそうなっていないか、よくよく自分に問うていきたいですよね。

3:仕事って何?

子供たちを見ていて、 どこからそのエネルギーが出てくるんだ!と思うほどに、寝るその直前まで遊んでいたり、やりたいことをやろうとしています。

(そんな姿を見ていて、特に、幼稚園/保育園や小学校低学年の先生たちを尊敬します🤣)

その姿を見て思うのは、社会人(いつもは大人って表現しますが、敢えて)が負けてるんじゃ・・?

そして、その(負けている)原因は何かという時に、「仕事(つまりはサラリーマンとして働いていること)」に帰結しやすい世の風潮があるように思っているのですが、果たしてそれは本当なのだろうか?

とも思うわけです。仕事で疲れちゃってるから、何かが出来ないという理屈?

仕事をしているから、やりたいことの熱量が下がってしまう因果関係って、結構、?です。

上で書いたように、「サラリーマン」になると、「社会人として」正しくある必要があるという目に見えない暗黙のルールがあるように思います。

社会人になる。すると、いきなり違う人生を歩み始めるような感覚?

当時、そんな感覚を持っていた気がします。もう今までとは違うんだぞ?と。

でも、それって本当にそうなのでしょうか?

それが本当だとすると、子供って、学生って、社会の中で役割を果たしていないの?!

なんで社会人になる時に、それまでの自分の人生を止めて、新しい人生が始まるような感覚になっちゃったんですかね・・?自問自答。

話を子供たちに戻すと、子供たちにとっては全力で遊んでいることが仕事という考え方もありますよね。

その行動自体は自然なことなので、変に理屈で「仕事」と結び付けたくない気持ちもありますが、何が言いたいかと言えば、自分に出来ることをするという点での熱量においては、子供たちがお手本であり、社会人になって責任が伴ったからと言って熱量を下げる必要はないし、むしろそれ以上であって良いと思うんです!

生まれた時から持っている自分自身(の本当の気持ち)を大事にしながら力をつけていけば、結果的には公的な「社会人として」の自分も唯一無二の存在になっていくはずなんですよね。

世の中で大きな事を成し遂げている人の中で、「本当の気持ち」やそれに伴う「熱量」を持っていない人はただ1人もいないんじゃないでしょうか?!

社会的な暗黙のルールや親・先生の言う通りに優等生でやってきてしまっていると、何が自分かが分からなくなってしまう、何が「本当の気持ち」なのかが分からなくなるのは、自らの体験を通じて真実かなと思います。

サラリーマンという存在になって、社会人レースみたいな暗黙の競技に参加してしまうと、そのスピードたるや恐ろしく、気づいたら40歳になっていくような速さなので、なるべく早く「本当の気持ち」に気づいたり、見つめ直すことが出来ると良いですよね。

第2回にして、超絶小難しい話になってしまったかなぁと思いますが苦笑、HONKIのサラリーマン代表が感じている事・考えていること、書きながら見つめ直したことを書かせてもらいました。

掴み取った/与えらえた「役割」を全うし、社会の中で「自立」していく、それが社会人っていう事なのかなと考えると、その中に自分の本当の気持ちを押し殺す必要性なんて1つもないですよね。

自分の本当の気持ちで自分の役割を全うできる事に出会えるよう、たくさんいろいろなことに「熱量」高く飛び込んで、経験してみる。

これに尽きるのかなぁと思います!

タイトルに無理やり繋げると、、HONKIのサラリーマン代表とは?!そんな風に社会や人の本当の気持ちを見ている人なのでした!

サラリーマンとして、社会人として、自分に出来る事(仕事)をなんでも1つ1つ大切に日々の生活をしていきたいですね!

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