こんにちは!HONKIで活動するサラリーマンのおーたです!8歳息子、4歳娘を持つ2児の父です。
ブログの投稿は初めてで、せっかくブログに自分のHONKIを書く機会をもらったので、自称?HONKIのサラリーマン代表としての考えや気付きを書いていきたいと思います!
- どうやってHONKI Universityに関わることになった?
- HONKIに関わって得た気づき
- HONKIのサラリーマン代表誕生のきっかけ
1:どうやってHONKI Universityに関わることになった?
そんな自分がどうやってHONKIを見つけたかたというと、HONKI代表がFacebookで辻の盆についてアップしていたのを見たのがきっかけでした。そもそも、Facebookでいつから友達つながりしていたのかも覚えていなかったけれど(笑)成人式で会ったりはしていたのだと思いますが、SNSの恩恵ですね!
2018年と言えば、愛してやまない息子”リク”の生まれた年。
確か、奥さんがリクを抱えながら、一緒に海浜公園に行ったような記憶があります。見返したら日付は7/22(日)でした!約8年前ですね。
HONKIブースを見つけて、代表に声がけをしたのがHONKIとのファーストコンタクトでした。ブースの場所は最近の綿菓子・ポップコーンブースの辺りじゃなかったかな。8年前にもなると記憶が曖昧ですが、「今度、飲もうよ」なんて話をしたような記憶があります。
こんな機会でもないと過去を振り返ることもないのでメッセージやり取りを見返してみたら、辻の盆当日に連絡を入れていて、翌月には辻堂駅前で代表と飲みに行っていました。当時、「奥さんには頭が上がらないよね」なんて話で盛り上がったように記憶しています(今でも、そしてきっと一生変わりませんね!)
そして、その流れで月末には、キムやれーな達と茅ヶ崎駅辺りでご飯に行って、仕事とか就職についての話をしたのも懐かしい!
そんなこんなで2018年末に開催されたサンタ運動会には家族で参加したのでした。写真を探したら、リクもこんなに小さくて、この頃は天使でしたね(笑)

カヌー体験会でお話するまで数年ありましたが、皆との接点も実はこんなに早くからあったんですね!お互いに若い(笑)

2019年8月20日には、HONKIサマーの一環で、会社にも遊びに来てもらいました!わけぇー(笑)

2:HONKIに関わって得た気づき
そんなこんなでHONKIに関わり始めた自分ですが、ここが今回の一番のポイント!
「お父さんが遊び方を知らない」という話を代表から聞いたことがかなり印象的であり、刺激となったんです。
中学生頃までは、ヘッドランド(当時は「くじらのしっぽ」って言ってました)近辺で暗くなるまで遊んだり、小学校のグラウンドでこれまた暗くなるまで野球、サッカー、ドッジボール、キックベースをやったり。とにかく遊ぶのが好きで、ずっと遊んでいたかった自分でしたが、30代前半になった自分は全然遊び方を知らない、覚えていないことに気づいたのです。。。
もちろん、ルールを知っているか知らないかという観点もあるかもしれませんが、自分がその時に見つめ直して感じたことは、「どうやって楽しんだら良いか分からない」に近い感覚だったかと思います。
こうやって言語化してみると、恐ろしいですね・・・。でも、この現象は世のお父さんの多くに当てはまるかもしれない?!
頭では自分は子供のような感覚を持っているように思っていました(実際、いろんな人から小学生みたいだねと言われることも多い方だったかも・・?)が、いざ、大繩飛びに混ぜてもらったり、運動会に参加したりしてみても、「こうやったら良いかな(こうやって、一緒に出来れば良いかな)」と言うのか、楽しむというよりも正解を見つけてそこに合わせにいくような感覚の方が強かったように思います。
もちろん、楽しんでいた部分もあるんですけどね。心の底から楽しんでいた感覚ではなかったかなぁと思います。
今の自分では考えられませんが、これは結構衝撃的な気付きでした!HONKI=本当の気持ちというコンセプトに自分が強く共感し、大事にしていることも、ここに通じるのかもしれません。
子供にどうなってほしいとか、親としてどうあろうとか、いろいろ模索し始めた時期だったかなと思いますが、子供には「生きる力をつけてほしい」と考えていた自分自身が、自分の人生を生きていない(生きる力どころか、それ以前の)ようでは、お話にならないですよね・・。苦笑
そんな自己問答の機会をもらいながら、日々、会社員として働き、父として育児もしつつ、HONKIの活動に少しずつ関わる機会が増えたのでした。早朝の海岸ごみ拾いも懐かしい!リク、1歳の頃でした。



今になって本当に思うのは、この頃から2人だけで出かける機会が増えたことで、親子の距離・心の距離を近づけることが出来たのかなと強く思います!
HONKIの皆さんに温かく迎え入れてもらい、リクの面倒もたくさん見てもらえたことに、本当に大感謝です!
3:HONKIのサラリーマン代表誕生のきっかけ
じゃあ、いつ、HONKIのサラリーマン代表は誕生したのか?!
そんなこんなで、元々、「HONKIのサラリーマン代表」などと名乗るには心許ない1サラリーマンだった自分ですが、2020年初頃から始まったHONKIのえーごに参加した直後にコロナ騒動が発生。6年以上前の出来事で、今や嘘だったかのような騒動でしたが、あの頃に一気にHONKIに関わる頻度が高まったように思います!
えーごもオンラインで実施出来たことで、日本全国の仲間、そして、アメリカや台湾の友人たちとの英会話も体験できました!あの頃、自分がいかに日本についてだったり、自分自身のことについて理解できていなかったり、興味を向けられていなかったりしたかを痛感しました。ただ、英語が使える・話せるではなく、お互いの違いも理解をして、言語を使ってコミュニケーションをしていくことの大事さを学びました。
上は60代のお母さん(ということにしておきます。笑)から下は小学生まで、正に老若男女で英語の勉強をしたり、花火やご飯食べるなどオフ会的な活動をしたりして、父としてでもなく、会社の立場も関係ない自分個人として関わっていった(ぶつかっていった?磨いていった?)時期だったのかなと思います。
2021年3月は、えーご仲間の小学生2名の卒業時期で、そのお祝いも兼ねてみんなで無人島キャンプに!朝2時頃に集合して、3時間以上移動をし、全国からメンバーが早朝の港に集まったのでした。無人島という響きに、35歳ながらワクワクしたことを覚えています(笑)
無人島の話をし出すとそれだけで1本書けちゃうので割愛しますが、脱出用のいかだボートを作ったり、食料を探したり、ビッグキャンプファイヤーをしたり、盛り沢山の充実した1泊2日でした!キャンプファイヤーを前に代表が寝落ちをしていたのに驚きましたが(笑)、それだけ寝ずに準備をしてくれたんだなと感謝でした。
そんな無人島キャンプも終わり解散後、みんなに御礼メッセージを送ろうとした時に、HONKIのサラリーマン代表は、誕生します!
翌日から仕事だった自分は、土日の無人島サバイバルモードから仕事モードに移る自分を感じていました。自分はやっぱりサラリーマンなんだよなぁ、無人島キャンプで体験した熱を明日からも大事にしたいなぁ、と。
そこで、「HONKIのサラリーマン代表として、明日からも頑張ります!」とメッセージを送ったのでした!思い返せば、そんな始まり方だったんですね。仕事もサバイバルと同じようにワクワクしたいという思いの表れだったのかもしれないです!
そしてそれだけ、HONKIであり、代表の熱に浮かされて、無人島で無心に遊んできた結果とも言えそうです(笑)
遊び方をどれぐらい知ることが出来るようになったかは、まだまだどこまでも奥深く追求できそうに思いますが、隙間時間を見つけてSUPをしに行ったり、カラオケに行ったり、灼熱の辻の盆スタッフも自分にとっては遊びの1つでもあったり(笑)以前より、本当の気持ちとして目の前の遊びに没頭している自分がいることはとても喜ばしいことです!
今回はHONKIに関わるきっかけ・前半の話をしましたが、次回は、HONKIのサラリーマン代表として日々考えることをもう少し詳細に書きたいと思います!
今日でお盆休みも終わり!HONKIのサラリーマン代表は、明日からも仕事も子供との遊びも本気で取り組んでいきます!!










